ニューヨークの風〔肥和野佳子

ニューヨークの風9(2008.8.15)

米国の医療費救急車呼んだら622ドル!ベッド代一泊4290ドル!

夫が急病になり救急車で運ばれ2泊3日入院した話は前月したが、医療費の請求書がいくつか郵便で届き始めた。私たちは夫の勤務先を通して健康保険に加入しているので、請求された額面の満額を支払う必要はないのだけれど、聞きしに勝る高額医療費が書いてあって驚いた。もちろん病院や医療サービスの内容や地域やその他様々な状況によってちがうのだろうけれど、私たちが経験した一事例として紹介したい。

以下は保険適用前の2泊3日の間にかかった医療費の額面(単位ドル)

 (編集部注/8月9日のレートで1ドル98円で換算すると1,566,824)

8月1日時点で入院時の請求書が届いているのは以上の通りだが、事務処理が遅くてあとからくるものもあるだろうから、これで全部ではないと思う。診察・検査・投薬・看護はしてもらったが、手術はしていない。

夫は急病になった当日、しばらく様子をみると言って救急車を呼ぶつもりはなかった。家のすぐそばにBeth Israel Medical Centerという大きな総合病院があって、歩いて3分くらいだ。症状が改善されないので病院のER(緊急処置室)に歩いて行こうとしたが、夫が意識を失いそうになり、とても歩けないので救急車を呼んだ。極めて近距離でも救急車を呼んだら622ドルとは。

病院のベッド代が一泊4290ドルというのにもたまげた。高級ホテルの一泊料金よりずっと高いとは聞いていたけれどこれほど高いとは。2人部屋で日本の病院に比べるとたしかにゆとりのある部屋で設備はとても良かったけれど。

入院時付随料金というのは内容の明細がないので具体的には何なのかはっきりしないが、おそらく食事代、寝巻き、タオル、シーツなどや、点滴、注射、錠剤などの薬代だろうと思う。ER医療及び付随料金も高かった。これも内容の明細がないのではっきりしないが、たぶん医師の診察代、さまざまな検査代が含まれていると思う。

2009年7月31日付の日経新聞で「医の国際化」という記事で、「たとえば盲腸で手術を受けて退院するまで費用は日本の公定価格では30万から40万円程度。AIU保険の08年の調査によるとニューヨークでは216万円、ロンドン151万円。香港(90万円)や上海(68万円)などよりも安い」と書かれてあったがかなり正しいと思った。

盲腸の手術で入院すると日本では入院期間は1週間くらいかと思うが、NYではたぶん2泊かせいぜい3泊だと思う。なにしろベッド代が1泊約4000ドルもするのなら、保険会社は最低限の入院日数にせよと病院側をプッシュするわけだ。不必要な入院はいっさい保険会社が認めないらしい。それで米国の病院の入院は集中治療室化してきていて、本来入院治療が必要な患者は介護施設での医療に移ってきていると聞いたことがある。

健康保険について

米国の健康保険は様々なタイプがあるので、あくまで一事例。私たちが夫の勤務先を通して加入している健康保険はAetna(エトナ)という大手の保険会社運営の多種類ある健康保険プランの一つだ。夫と私、そして夫の前妻と暮らしている娘一人の合計3人が対象で、月額で医療保険料が398ドル、歯科保険料が85ドル、合計で479ドル支払っている。

このプランは保険でカバーされる範囲が結構広いので、平均的な料金よりやや高いかと思うが、家族3人分だとだいたいこの程度かかる。

このプランでは医療サービスを提供する側(病院、医者など)が、プラン指定の医療機関のネットワークグループに所属しているか、所属していないかで、自己負担率が変わり、ネットワーク内の医療サービスを選択するほうが経済的になっている。個々の医者はいくつかの保険会社のネットワークグループに入ったり、入らなかったりする。診察してもらいたい医者がネットワーク外だと個人負担が割高になる。

たとえば診療所や病院での一般診察では、プライマリーケア(かかりつけ医の診察)の場合はネットワーク内だと診察一回につき15ドル、専門医の場合は20ドルのCopay(コーペイ=定額自己負担)と呼ばれる一定額を払えばよいだけ。ネットワーク外だと、かかりつけ医でも専門医でも請求額の4割が自己負担となる。私の経験ではたとえば風邪で熱を出して医者に診てもらうとだいたい1回の診察で、額面で300ドルくらいだ。

緊急外来はネットワーク内だと50ドルのCopayで、ネットワーク外だと4割負担。緊急でない場合の緊急外来使用は両者とも保険適用なし。

入院での医者の診察・手術など含め入院医療費全般、通院での手術時の施設使用料、通院でのリハビリテーションは、ネットワーク内なら2割負担、ネットワーク外なら4割負担。

年1回の健康診断、各種予防接種、マモグラム(乳がん早期発見のための検査)、アレルギーテストは、ネットワーク内なら無料で自己負担なし、ただし診察一回につき25ドルのCopayはかかる。ネットワーク外なら4割負担。

メンタルヘルス(精神科)の通院治療の場合、ネットワーク内なら年間90回までは1回につき15ドルのCopayのみ、ネットワーク外だと4割負担。精神科の入院治療の場合は90日まで2割負担、ネットワーク外だと4割負担。

ネットワーク内の病院・医者に行けば、家族一人の年間医療費のうち最初の300ドルまでは全額自己負担、家族全体(3人合算)では最初の600ドルまでは全額自己負担だ。これがネットワーク外だと、一人の年間医療費のうち最初の600ドルまでは全額自己負担、家族全体(3人合算)では最初の1200ドルまでは全額自己負担となる。こういう最初の一定額までは全額自己負担という部分はディダクティブル(保険適用免除額)と呼ばれている。子供がいるとなにかと医療費がかることがあるが、独身で風邪をひいて年に1回医者に行くか行かないか程度なら、ディダクティブルの範囲内で終わってしまって、健康保険に入っていても結局全額自己負担するだけという年もある。

それから、あまりにも高額の自己負担がかからないように、Out-of-pocket maximum(自己負担の最高限度額)というものがあって、自己負担の最高額がネットワーク内の場合、一人の年間医療費自己負担最高限度額1500ドル、家族全体では3000ドルで、それ以上医療費がかかってもあとは保険が負担してくれる。ネットワーク外だと一人の年間医療費自己負担最高額3000ドル、家族全体で6000ドル。これらにはディダクティブル部分は含まれるが、Copay部分は含まれない。

ネットワーク内の医療サービスばかりを使えば結構経済的だが、大きな病気をした時は、実際にはネットワーク内外の医療サービスを混合して使うことになる。事前に保険会社のウェブサイトで調べたりしてネットワーク内のものだけを選択することは、緊急性がない病気の場合は可能だが、救急入院などの時は医者や病院の選びようがない。どの医者や医療サービスがネットワーク内か外かわからない。年間医療費自己負担最高限度額はネットワーク内・外で別々に積算されるので、結局、内・外の自己負担最高限度額を両方合わせて、一人分では年間4500ドル、家族全体では年間9000ドルまでは自己負担になる可能性があるということだ。

ディダクティブル(全額負担部分)は最初の300ドルを払ったらもうないと思っていたら、ネットワーク外のディダクティブル600ドルは別にかかるし、今まで知らなかったがこの保険プランでは、さらに別枠で特別ネットワーク・サービスのディダクティブル300ドルというものがあって、とんでもなかった。わたしたちの場合、この別枠の300ドル全額負担部分は救急車の費用の一部に計算され、結局、救急車の額面622ドルのうち自己負担は、なんやかやで397ドルとなった。このディダクティブルがなければ救急車の自己負担は100ドルくらいのはずだった。それでもそう気軽に救急車を呼べる額ではない。

テキスト ボックス: Beth Israel Medical Centerimage保険に入っていない人はなおさらだ。救急車を呼ぶことをためらうし、病院にも医者にもなかなか行く気になれないだろう。保険に入っていない場合、大きな病気をするととてつもない医療費がかかるので、米国では自己破産の理由で最も多いのは医療費が払えなくての自己破産だそうだ。病院側でも、救急車で運ばれた病人は、とても医療費を払えそうもない人であっても診察・治療しなければならないと法律で義務付けられているので、医療費の取れない患者が多くなると経営が困難になり問題化している。

健康保険は、勤務先を通さず個人で入るとばか高くて、たぶん家族3人で月額1500ドルくらいすると聞く。こんなに高いと保険には入れない。だから米国人口の5〜6人に一人は無保険者なのだ。会社員になる大きな理由の一つに健康保険がある。夫婦のうち一人が自営業ならもう一人は会社勤務をして、勤務先を通して家族で医療保険に加入できるように工夫する。中小企業だと健康保険のベネフィット(利益・恩恵)を提供していない会社も多い。自営業の場合、同業者でグループをつくって団体加入する場合もあるようだが、なかなか難しいらしい。企業も従業員のための健康保険のベネフィット(給付)提供の負担が重くのしかかっていて経営上問題となっている。米国には日本のように国民健康保険の制度がないので、多くの人が本当に困っている。

誰でも手軽な料金で健康保険に加入できるように、米国は今まさにこの健康保険の仕組みを大改革しようと取り組んでいる。頓挫しないようになんとかやり遂げてほしいものだ。