2010年3月号   近藤正徳

 

とある一日

 

 午前十時勤務先より帰る。

 一杯のコーヒーにて、ささやかな至福の時を味わいながら、新聞に目を通す。明るい記事を探す。創作活動のヒントになる。見つけた時には、目の前に一瞬オレンジ色の温かい光が走る。すぐさま用具に一礼し、筆にたっぷり墨を含ませ、一気に半紙の上を走らせる。かすれ、かすれて筆の痕跡が無くなるまで、同じ構図で十枚程度描いたところで、一枚一枚丁寧に並べ、じっくりと眺める。どの作品もイメージ通りに描けていない。

「申し訳ない」と、用具に謝りながら一礼。

「しばらくお休み」と、作品に声を掛け、近くの畑へ作業に向かう。耕運・除草、いくらも進まない内に昼のチャイム。急いで家に帰り昼食。休む間もなく、用具と午前中に描いた作品に一礼。

 再び作品十枚程度描き上げ、午前中の作品と一緒に並べ、例の如くじっくりと眺める。時には上下左右向きを変えながら、突如、イメージを越えたおもしろい作品に出合えることがある。その時の踊る心は相当なものであるが、偶然の出合いよりも意図的に出合える作品こそ素晴らしいと、自分に言い聞かせ、「修業だ、修業だ」と念じながら用具に一礼。今日の創作はここまで。時計を見れば、午後五時前、出勤時間を過ぎているではないか。仕度もそこそこに、一目散で会社へ飛び込むのである。(みささ版画の会)