今月の執筆者 中 野 隆
尺八のこと(3)
日本版画会展で、東京都知事賞を受けられた桑本幸人先生の版画の展示会が、リフレプラザで三月二十七日(土)から二週間ありました。本当にすばらしい牛の版画であり、牛を知っている我々の世代の者にとっては、本当に生きている牛だと感じました。そのオープニングで、尺八を吹かせていただきました。選曲に迷ったのですが春でもあり、やはり「春の海」が良いだろうと思いました。
リフレプラザの玄関にはグランドピアノが置いてあるので、何時かこのピアノを使おうと思っていました。「春の海」といえば箏と尺八または、箏とバイオリンもしくは箏とフルートが多いのですが、今回はピアノと尺八という珍しい組み合わせとなりました。
ピアノは、アザレアのまち音楽祭でもおなじみの兼田恵理子さんに弾いていただきました。ありがとうございます。
もう一曲は、大正ロマンの香り漂う「月草の夢」という福田蘭童の曲を選びました。この曲はもともとピアノと合奏するように作られた曲ですが、箏との合奏が多い曲です。福田蘭童は、「笛吹き童子」の作曲者として有名ですが、本名を幸彦と言い、お父さんは画家の青木繁です。青木繁といえば、「海の幸」とか「わだつみのいろこの宮」が有名ですが、蘭童が子どもの時の、それこそ赤ちゃんの時の幸彦をモデルにした幸彦像も残っています。
私と福田蘭童との関係は、私の先生が古屋輝夫で、その先生が横山勝也で、その先生が福田蘭童という繋がりになります。芸の繋がりを簡単に言えば、ひいおじいさんのような関係になります。
横山勝也先生が、四月二十一日亡くなられました。本当に残念です。いろいろな方とお会いできたのは、横山先生のおかげだと思っています。一昨年アザレアのまち音楽祭で演奏していただいた箏奏者の山路みほさんとも、横山先生主催の美星町での講習会で、知り合いになる事が出来ました。横山先生には、感謝の気持ちで一杯です。
ところで、ピアノと合奏をすると決めた時にまず行った事は、ピアノのピッチがいくらかと調べる事でした。箏と合奏する場合、尺八の音の高さに箏を合わせてもらうので問題は無いのですが、今回はピアノの高さに尺八を合わせるため、ピアノのピッチを測定する必要があったのです。測定したらA(442ヘルツ)でした。尺八は気温により、音が上がったり下がったりします。私の場合は442ヘルツ〜446ヘルツですので、今の季節は気温も低いから大丈夫だろうと思いました。尺八はピッチを合わせるための構造がないため、吹き方を微妙に変えなければなりません。大きく違っていると、ベストポジションで吹けなくなり、音色、音程に無理が来てしまいます。箏との合奏の時でも一対一の時には、ピッチを合わせてもらえるのですが、演奏者が多くなると、442ヘルツに合わせてくださいということになるので、寒すぎる時、暑すぎる時、楽屋と舞台の温度が違い過ぎる時はたいへんです。
尺八も普通の楽器ですので、五線譜を見て吹きますし、現代では他の西洋楽器とも合奏をすることが多くなっています。武満徹のノヴェンバー・ステップスは、オーケストラと尺八と薩摩琵琶で演奏しています。
武満徹は、学生時代に好きな作曲家でした。正直あこがれていました。琵琶と尺八のための「エクリプス」は、大好きな曲です。武満徹作詞作曲の「小さな空」は、きれいで好きな曲です。
私は虚無僧の曲もやりますし、現代の曲も吹くことを心がけています。谷泉山先生の言葉を思い出します。「中野さん、お箏の人からこの曲を吹いてと言われたら断ってはいけません。どんな曲も吹きなさい。」確かにそうだと思います。古典しか吹きません、新曲しか吹きません、現代物しかやりません。そんな事を言ってはいけないのです。私自身、曲を選べるような身分ではないし、得意な曲で無くてもその曲を練習する事で曲が自分を磨いてくれると思っています。上田流本曲の吹き方を、教えていただいた谷先生も亡くなって何年か経ってしまいました。
自分が教えていただいた事を次の人に伝えなければならないと思っているのですが、自分の練習も充分取れないため、とても人に教える時間がないと感じています。もちろん、それじゃあダメだと分かっています。話が少し暗くなりました。
気持ちを変えて明るく。山も新緑できれいになっています。春の小鳥もやってきました。「キビタキ」の声を聞き姿も見ました。「三光鳥」の声を聞きました。「アカショウビン」もそのうち聞くと思います。双眼鏡は車に積んでいます。気分が乗ったら山で、尺八を吹くのも楽しいです。尺八で小鳥の鳴き声を、真似るのも楽しいです。宮田耕八朗先生作曲の「キビタキの森」には、いろいろな鳥の鳴き声が出てきます。もちろんこの部分は、演奏者が自由に鳥の鳴き声を演奏することができます。
今回は桑田幸夫先生、兼田恵理子さんをはじめ、横山勝也先生、古屋輝夫先生、福田蘭童先生、青木繁、谷泉山先生、武満徹先生、宮田耕八朗先生の事を書いてしまいました。自分の気持ちの中では繋がっているのですが、話が飛びすぎたかなとも思っています。
鳥の話で終わっていますので飛びついでに、
尺八は楽しいです。楽しい楽器ですよ。